はじめに
ヒールに関しては「ヒール強度」と「取り付け強度」の2種類の試験がありますが、今回ヒール強度にについて言及したいと思います。
以前にヒールとれ問題の対策について述べましたが、今回でヒールの安全性についての議論が完結します。
ただし、「ヒール強度」については数式を使わないと解説できません。
以前にヒールとれ問題の対策について述べましたが、今回でヒールの安全性についての議論が完結します。
ただし、「ヒール強度」については数式を使わないと解説できません。
このコラムは材料力学などを知らない読者が感覚的に理解できるように大まかに解説します。
工学の専門家から観れば稚拙な論となりますがご理解ください。
工学の専門家から観れば稚拙な論となりますがご理解ください。
ヒールの強度試験は歩行中にヒールが折れたり曲がったりする危険性がないかをチェックする試験です。
ヒールのおわん部分を固定し重りをトップリフト側先端付近に衝突させる方法で試験します。
衝突時にヒールが変形する限界の重りの運動エネルギーの値で評価します。
ヒールのおわん部分を固定し重りをトップリフト側先端付近に衝突させる方法で試験します。
衝突時にヒールが変形する限界の重りの運動エネルギーの値で評価します。
小さな衝撃を繰り返し行う疲労試験についてはここでは言及しません。
どのようにヒールは折れるのか?
試験で扱うヒールに加わる力とは、おわんが靴に固定され、歩く時にトップリフトに加わる荷重のうちの曲げ方向の成分と言えます。
つまりヒール衝撃試験と同じモデルと言えます。
実際には座屈方向の力も加わりますが試験では取り上げていません。
つまりヒール衝撃試験と同じモデルと言えます。
実際には座屈方向の力も加わりますが試験では取り上げていません。
棒を両端を持って曲げて折ったり、両端を支えて中央を打撃して折る事とは力学モデルが異なります。
ヒールの強度に関する力学モデルは片持ち梁の先端集中荷重となります。
ヒールの強度に関する力学モデルは片持ち梁の先端集中荷重となります。
このことが重要であり、中間部分には外部の力は加わりません。
ヒールの歪(ひずみ)
歪とは部分部分の変形度合いをいいます。
応力とは細部の部分同士が押しあったり引きあったりする力で歪と正比例の関係にあります。
応力が大きい程、歪がおおきくなりますが、材料が壊れ始める限界(引っ張り強さと圧縮強さ)は材料ごとに応力値で表されています。
応力とは細部の部分同士が押しあったり引きあったりする力で歪と正比例の関係にあります。
応力が大きい程、歪がおおきくなりますが、材料が壊れ始める限界(引っ張り強さと圧縮強さ)は材料ごとに応力値で表されています。
片持ち梁の先端に加えられた荷重は梁を曲げる力となりテコの原理で支持部に近いほど直線的に大きくなります。
これを曲げモーメントといいます。
一方、これを支える力は梁の断面形状と梁材の反発力(縦弾性係数:ヤング率)によって生まれます。
これを曲げモーメントといいます。
一方、これを支える力は梁の断面形状と梁材の反発力(縦弾性係数:ヤング率)によって生まれます。
曲げモーメントによって押された側は引き伸ばされ、反対側は圧縮され梁はたわみます。
プラスチック材料は押されるより引っ張られる力に弱いので、荷重を増してゆくと伸ばされた側の歪の最も大きい場所が強度の限界を超えヒビが入り始めます。
ヒビが入り始めるとその部分の有効な断面積が減少することにより、さらに応力が増し材料破壊が進みます。
M:曲げモーメント
M=Px (P:先端荷重、x:先端から支持部方向の距離)
Z:断面係数
Z=1/6・bh2 (xにおける長方形断面のb:横幅、h:厚さ)
とすると
梁の一部分に生じる応力は
M=Px (P:先端荷重、x:先端から支持部方向の距離)
Z:断面係数
Z=1/6・bh2 (xにおける長方形断面のb:横幅、h:厚さ)
とすると
梁の一部分に生じる応力は
σ=M/Z
で表されます。
断面が一定の片持ち梁では中間で折れることはありません。
曲げモーメントが最大の支持部で応力も最大となりここで折れるからです。
曲げモーメントが最大の支持部で応力も最大となりここで折れるからです。
ヒールではどうでしょう?
一般的なハイヒールはトップリフト側から取り付け部分に向かって徐々に太くなってゆきます。
そのため断面係数が場所場所で異なり応力分布も形状により異なります。
一般的なハイヒールはトップリフト側から取り付け部分に向かって徐々に太くなってゆきます。
そのため断面係数が場所場所で異なり応力分布も形状により異なります。
折れるなど事故の発生したヒールの形状はどうでしたか?
細めで途中が括れているものが大多数であった筈です。
細めで途中が括れているものが大多数であった筈です。
応力分布の計算
先に挙げた計算式に基づき形状ごとの応力分布図を掲載します。
便宜上断面の横幅と長さ(厚さ)は同じ寸法とします。(正方形の断面)
円形でも断面積と絶対値が変わるだけで分布はかわりません。
便宜上断面の横幅と長さ(厚さ)は同じ寸法とします。(正方形の断面)
円形でも断面積と絶対値が変わるだけで分布はかわりません。
図はヒールを横にした形で、左側が固定部分、右側が荷重位置のトップリフト側です。
一般的なハイヒール
図1は一般的な形状のヒールです。応力分布の最大値付近で折れます。
図1−1はパイプ芯で補強されている場合です。
この時、最大位置は支持側に移動します。
図1−1はパイプ芯で補強されている場合です。
この時、最大位置は支持側に移動します。
図1: 一般的なヒール形状 図1-1:一般的なヒール形状(パイプ芯)
折れないヒールがある!
図2はズンドーなヒールで応力分布の最大値は取り付け部分になります。
この様な形状では中間で破損することがなく、仮にしっかりと固定して試験を行ったとしても固定部分が外れるか破損するだけで変形の始まる計測値は得られません。
この様な形状では中間で破損することがなく、仮にしっかりと固定して試験を行ったとしても固定部分が外れるか破損するだけで変形の始まる計測値は得られません。
前に述べた先端のみに荷重のかかる力学モデルを思い起こしてください。
図2: ズンドーなヒール形状
ノッチのある(鋭角に凹みがある)ヒールは論外としても、よく見られるスタイルで応力のピークが高い形状ののものを挙げておきます。
図5がその例で、図5−1はパイブ芯で補強した結果です。
図5がその例で、図5−1はパイブ芯で補強した結果です。
支持側の太い部分と先端側の細い部分を滑らかなカーブで繋げてありますが、接続部分を鋭角にすると更にピークが高くなります。
図5:応力集中するヒール形状 図5-1:応力集中するヒール形状(パイプ芯)
静的荷重と衝撃エネルギーの違い
今回の計算は先端に同じ静荷重が加わった場合で比較しました。
初めに述べたようにヒール強度は重りの運動エネルギーを計測値にしています。
初めに述べたようにヒール強度は重りの運動エネルギーを計測値にしています。
この場合静荷重とは少し様子が変わります。
重りはヒールに衝突した時点で止まります(ヒールが折れなければ)。
重りの運動エネルギーはヒールが歪むことによって内部に蓄積され受け止められます。
受け止められたエネルギーは衝突の作用点ではヒールの押し返した力とたわんだ距離の積になります。
またヒール内では図の応力分布曲線の下側の面積になります。
またヒール内では図の応力分布曲線の下側の面積になります。
剛性の高い(曲がりにくい)ヒールほどたわみが少ないので瞬間的な荷重は大きくなります。
頑丈なヒールほど大きな荷重が加わるのが衝撃試験の特徴と言えます。
しかしながら応力分布ではフラットな方が同じ面積でも応力のピーク値が低いので壊れにくいのです。
頑丈なヒールほど大きな荷重が加わるのが衝撃試験の特徴と言えます。
しかしながら応力分布ではフラットな方が同じ面積でも応力のピーク値が低いので壊れにくいのです。
また取り付け部分においては、静荷重の場合同じ応力と曲げモーメントが加わりますが、
衝撃の場合、ズンドーヒールなど剛性の高いものは前述のように荷重が増え取り付け部分にも負荷が増すことになります。
衝撃の場合、ズンドーヒールなど剛性の高いものは前述のように荷重が増え取り付け部分にも負荷が増すことになります。
ついでにヒール取り付け強度試験ををエネルギーに換算したら?
ヒールの衝撃試験では一回の最大値で10J(ジュール)以上で概ね問題無いようです。
ヒール取り付け強度では静的引き抜きで60Kgf〜600N(ニュートン)以上で合格ラインにするケースが多いようです。
試験後の靴は中底が折れかなり無残に壊れています。
そこでそこまで靴を壊すのにどれ程のエネルギーが使われたのかヒールの場合と比較するため概算してみます。
ヒール取り付け強度では静的引き抜きで60Kgf〜600N(ニュートン)以上で合格ラインにするケースが多いようです。
試験後の靴は中底が折れかなり無残に壊れています。
そこでそこまで靴を壊すのにどれ程のエネルギーが使われたのかヒールの場合と比較するため概算してみます。
試験機に積分機能があれば直接仕事量(エネルギー)が出ますが古い機械なのでまず無いでしょう。
靴に加えたエネルギーは加えた力の平均値と引っ張った距離の積で求められます。
靴に加えたエネルギーは加えた力の平均値と引っ張った距離の積で求められます。
ある7cmヒールの靴のデータは400Nの時18mm伸びたとあります。
荷重が0から線形に増加したとして平均200N、移動距離が0.018m
E =200N X 0.018m =3.6J
この試験ではつま先部分を固定しヒールの先端付近を引っ張り中間は靴の柔らかいところがあるので簡単に伸び仕事量はまだ少ないようです。
次は最大値までです、1800Nで取れなかったとありましたが、たぶん1000Nくらいではヒールは直角に曲がって伸び切った状態になったと想像できます。
平均500N、移動距離70mmとして、
E =500N X 0.07m =35J
となります。(…かなり大雑把な算出ですが…)
実際にはヒール試験以上の衝撃は受けないと思いますが、ヒールを真下に引かないと正しい取り付け強度は得られなません。
中底が曲がってしまうまで引き続けるのもやむを得ないのかもしれません。
中底が曲がってしまうまで引き続けるのもやむを得ないのかもしれません。
靴よりも足が大事!
試験結果を目にする人の殆どがより大きな数値(好結果)に安心と満足を感じるでしょう。
しかし過大な数値を求めることに意味はありません。
しかし過大な数値を求めることに意味はありません。
ハイヒールを履いた女性がマンホール蓋の穴か踏切の線路の隙間にヒールを落として挟まれたとしましょう。
歩いている勢いで体は前に行こうとしています。この時靴が全く変形しなかったら何が起こるでしょう!
歩いている勢いで体は前に行こうとしています。この時靴が全く変形しなかったら何が起こるでしょう!
足の骨折や捻挫の前にヒールが折れて足のダメージを和らげてくれる方がよいと思いませんか?
通常の歩行でヒールが取れたり靴が変形する事はダメですが、靴だけを守る(=自分の立場だけを守る)ことは如何なものかと思います。
通常の歩行でヒールが取れたり靴が変形する事はダメですが、靴だけを守る(=自分の立場だけを守る)ことは如何なものかと思います。
バラつきの少ない靴作りが重要ですが、バラつきを考慮して少し余裕があれば問題ないと思います。
お客様がヒールの折れた靴を持ち込まれたら、まずお客様の足の心配をしましょう。
おわりに
靴業界では品質保証を百貨店のバイヤーなど販売側で管理する例がほとんどです。
またガイドラインになる論文もあまり見られません。
メーカー側も十分な説明をしていないようです。
そのため技術的な理解を飛び越えて形式的に書類を揃えたり、実効性のないルールを定めたりされることがあります。
またガイドラインになる論文もあまり見られません。
メーカー側も十分な説明をしていないようです。
そのため技術的な理解を飛び越えて形式的に書類を揃えたり、実効性のないルールを定めたりされることがあります。
管理する側もそれに応える側もお互いに、例に挙げたような折れることのない、検査値の出ないヒールの強度試験を行うなど、生産的でない事は止めてもっと実のある課題に取り組みたいものです。
ヒールについては強度のことよりも必要以上に長いパイプ芯に悩まされています。
しっかりと安定してビス止めをするため、オワン中心に打ちたいのですがヒール芯の上部当たってしまいます。
ヒール屋さんは少なくともヒールの切断サンプルくらいは用意してもらいたいものです。
しっかりと安定してビス止めをするため、オワン中心に打ちたいのですがヒール芯の上部当たってしまいます。
ヒール屋さんは少なくともヒールの切断サンプルくらいは用意してもらいたいものです。
参考文献: 材料力学演習 野口尚一編 (森北出版株式会社)