事故発生の要因の考察
●もともと材料の強度不足の場合
ヒール取り付け強度の試験方法がJIS規格にあり、その試験結果(KgfまたはNの数値として表される)について各社毎に合格(安全)基準値を設定して判断しています。
一般的には60Kgfまたは600N以上といわれています。
もともと部品(ヒール、中底、ビス)のどれかが強度不足の場合は、どのような取り付け方をしても、試験結果は合格判定基準には達しません。
また合格範囲の結果であっても、相対的な弱点を知る意味で、試験資料のどの部分が壊れたかを見ておく必要があります。
最近は多くの事業者がヒール取り付け強度の試験を実施しており、試験結果では合格していた品番でヒールとれを起こすという事は、ヒール取り付け工程のバラツキの中で、材料の強度を落としてしまったものと考えるのが妥当と思います。
●ヒール取り付け後の材料強度
ヒールを取り付ける場合、中底(靴)にヒールをセットし所定の位置にセンタービス(以後単にビスと書きます)を打ち込みますが、そのときビスを回転させずにまっすぐ押し込む方式と、回転させてねじ込む方式があります。
前者はねじ山をヒール内部に押し込むときに広範囲のヒール材を壊してしまいます。
というのは、ヒールに使用されるABS樹脂は、プラスチック靴型に使用されるポリエチレン樹脂などよりも弾性が低く、ねじ山が通過するときへこんで逃げることが少なく破壊されてしまうので、ねじ山とかみ合う部分の強度が低下すると考えられます。
ビスねじ山にも同じだけせん断力が加わりますが、鉄とプラスチックの強度の違いによりヒール側が壊れます。
しかし瞬間的に押し込まれるので、僅かな弾性による逃げと摩擦熱による再融着により強度がある程度戻るとされています。
図に表すとこんな感じでしょうか。
この方式でも、試験結果は合格範囲に達すると聞いています。
当社では、ねじ込む方式を採用しており、こちらの実施データを持っていないので押し込む方式については、これ以上言及しません。
後者は専用のビス打ち機、あるいはボール盤を使用しますが、ビスのねじ部でヒール材を切りながら進みますので、ヒールの壊れは必要最小限といえます。
この方式でも条件によっては必要以上に材料の強度低下を招く場合があります。
●ヒール材強度の低下
ヒールとれの事故の中でビスが抜けてしまっている状態は、最も多発するケースであろうと思います。
これはヒール取り付け工程後のねじ部分のヒール材の強度低下度合のバラツキの中で特に劣化しているものに発生すると考えます。
打ち込まれるとき、ドライバーがビスの十字穴にかみ合いながら、ビスを押しながら回転させますが、打ち終わった後のリリースする(ドライバーをビスから離す)タイミングによってヒールの破損度合いにバラツキが生じます。
ビス打ちの終盤では、ビス頭部が中底材を押し潰しながら中底の中に沈み込み頭部が中底表面まで入りきったところで完了します。
このとき中底の抵抗(ビスを押し戻す力)は、頭部が進むほど大きくなり、完了位置よりも更に進めると中底内の鉄シャンクにに当たり極端に大きくなります。
らせん状のねじ山は、回転することで接しているヒール材を後方に押し、ビスを前に進めようとします。
抵抗が大きいとそれだけヒール材を後方に押す力が大きくなり、ヒール材の強度を超えるとせん断破壊がおこります。
抵抗はビス頭部の容積が大きいほど大きく、最近の、ビスが中底を突き抜けないような構造設計になっていると、ビスを回転し続けた場合、必ずヒールのねじ周りの破壊に至ります。
この破壊がおこる寸前でドライバーをリリースしビスの回転を止めなければなりませんが、このタイミングをとることが微妙で難しいのです。
最近の頭部の大きいビスの使用により、以前のものより急激に抵抗が増すためリリースのタイミング幅が狭くなり、これを外して失敗する危険性は以前より上がっています。
打ち込み途中で、失敗する場合もあります。
ビス先端がヒール内に十分に入っていないうちに、ビス頭部の抵抗を受けると、ヒール材が壊れることがあります。
中底表面からヒール表面までの距離に対してもともとビスが短いことが原因で、ビスねじ山とヒールの接触面積が小さいうちに、抵抗が加わり面積当たりの負荷が過大になりせん断破壊が生じます。
この場合ビス頭部が沈みきらず、浮いた状態で、ビスが空回りします。
これは強度の低下というよりは、ビスが入りきらないので作業者は失敗と認識できます。
●中底強度の低下
ビスが中底内に沈みすぎると、ビスを受け止める部分が薄くなり強度が低下します。
最近はビス頭部の径の大きいものが使われ、沈み難くなっているのであまり発生しません。
中底の鉄シャンクの股中央位置にセンタービスは打たれるべきですが、ここを外して打たれると、強度の低いところに荷重がかかり中底が変形し易くなります。
この場合、ヒールが外れる前に靴が変形して使えなくなる場合が多いです。
●センタービス強度の低下
ビスは中底シャンクやヒール芯の硬い金属に接触した場合に、強度の低下あるいは破損したりします。
また、障害物(シャンク、ヒール芯)によりビス先端の進む方向が曲げられたとき、ヒビが入ったり、折れたりします。
特にヒールのパイプ芯の中に入ってしまうと折れやすいです。
ビスの鉄材が柔らかいと、焼き入れしてあるシャンクやヒール芯によってねじ山が削られ無くなる場合があり、抜けやすくなります。
この削られた切子はヒール内を押されて伸び、なんとヒールの外へ生え出る事さえあります。見た事はありませんか?
現在はビス表面だけ焼き入れられているものを使用しているので、当たると止まってしまいこの様なことは起こらなくなりました。
ビス打ち直後の問題では無いですが、ビスの材質と負担の大きさの兼合いから、歩いているうちにビスが劣化して折れてしまう場合もあります。
数か月だけ、製造元、材質(鉄といっても炭素、他の金属などの配合率などから多くの規格があります。)不明の市販のビスを使用したことがありましたが、2年ほど経ってから、急に何件ものビス折れによるヒールとれが発生しました。
試験でもビスは折れなかった事と、2年間全くなかった事から、ビス材の金属疲労と考えられます。
金属疲労は数万回といわれますが、2年間で数万歩(反対足を合わせるとその倍)、この靴で歩いて下さったのかなと思うと感無量です。